木本硝子:問屋の知識、デザイナーの感性、職人の技術が硝子の可能性を拓く

--木本硝子の歴史を教えてください。

祖父の代に創業して、今年で創業78年。硝子食器一筋でずっとやってきました。私で三代目になります。祖父は元々蔵前にあった人形関係の問屋で、いわゆる丁稚奉公して、そこから独立しました。その時にこの台東区小島町を選んでから、ずっとこの場所です。私も小学校6年生までここにおりました。

--木本硝子には、ほかにはないプロダクトがたくさんありますね。

私が木本硝子に戻って来てから、それまでの取引先とは違うところへ目を向けて、数字も順調に上がっていったのですが、会社の規模が急激に大きくなって、中身がなかなか伴っていかず、これはちょっとおかしいなと思ったところで業態を変えようと思ったんです。 従来は商品を仕入れて売るということですが、つくるほうの現場、売るほうの状況の両方を把握していれば、ファブレスメーカーと して、製造の現場を持たないけれど硝子をつくることができる。そこで、いままでにない新しい硝子をつくろうと考えたのですが、私はそこまで能力がないので、時代の感覚をとらえることができる外部のデザイナーにお願いすることを思いついて、ものづくりを始めました。

--最初につくられたものはなんですか。

黒の江戸切子です。従来の江戸切子は赤と青。それもいいけど、もっと現代のライフスタイルに合うものがあるはずだと。元々はイラストレーターとして活躍していた友人からのアイデアでした。いままでなぜ黒がなかったかというと、やはりつくるのが本当に難しいから。チャレンジするには非常に手間と時間と コストが掛かります。開発まで1年半。江戸川にある田島硝子さんとともに苦労してつくりあげることができました。
それが7年前のことになりますが、そこからパラダイムが変わり、いろんなデザイナーさんや企業から相談をいただくようになりました。私はもともと問屋ですから、ここの工場だったらこれがつくれる、この職人はいま忙しい、こっちの職人は腕がいいけど値段が高い、などリアルタイムでわかるんです。つまりプロデューサーとしての仕事です。そして、工場や職人たちにも新しい仕事ができ、単価を上げていくことで元気になってほしいと考えていました。いまも工場や職人さんのところには週2、3回は通って、いろいろ話をしています。行く度に発見があって面白いですよ。それをデザイナーさんやクライアントさんにもフィードバックすることができます。

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--木本さんは地域でも積極的に活動されていますね。

他業種・多品種・他職種というところをキーワードに、ものづくりでまちづくりをしていくことを目指した「モノマチ」という活動が2011年から始まっています。最初は参加メ ンバー16社、飲食店などを含めても50社ぐらいでした。それでも、ものをつくっているプロセスだったり、普段見れないようなところだったりを開放して、その現場をみなさんに見ていただけるイベントを開催し、金土2日間延べで1万人も来ていただくことができたんです。いまでは参加メンバーも150社ほどにまで増えたのですが、その仲間たちは、他業種・多品種・他職種、そして年齢もバラバラで、良い意味でしがらみがないんです。お互い自由に話ができる。私も困ったことがあったりすると、若いデザイナーさんに聞いたり、他の職種のことを聞いたり、そういうことができるんです。その流れで新しいクリエーターやお店が増え、人を呼び、ということが繰り返されて非常にプラスのスパイラルがありますよ。

Kimoto Glassware 木本硝子

1931年に創業してから硝子食器一筋。三代目の木本誠一さんの代から、問屋としての工場や職人との関係とデザイナーの新しい感性によるオリジナルプロダクトを製作。現代のライフスタイルに合った新しい硝子のデザインが評価されるとともに、工場や職人とともに新しいデザインを実現していくために硝子の可能性を日夜追求し続けている。
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