創業以来プロオーディオの世界を牽引してきた株式会社タグチグラフテック。国内外で高評価を得る「タグチスピーカー」は、名だたる劇場やライブハウスで設置されている。ノーガホテル 秋葉原 東京でも、上質な音の体験を提供するため各所パブリックスペースや一部客室にタグチスピーカーを設置。「世界で一つのオートクチュールスピーカー」にこだわり音を伝え続けるのはなぜか。創業者の田口和典氏、代表取締役の中島学氏に話を伺った。
タグチグラフテックは1976年に創業。主に野外コンサート専用スピーカーの製作、大手メーカーの試作などを行うほか、PA(音響業務関連機器)会社各社が用意するオリジナルスピーカーも自社商品として製作してきた。音楽会場だけでなく、寺社や公共施設にも設置実績が多数ある。
しかし時代のニーズの変化を経ても変わらなかったのは、一貫してカスタマイズ製作を行うという点だ。
中島氏(以下敬称略)「70年代に海外タレントの来日公演需要が増え、業界では機材レンタル業務もビジネスのうちになってきました。するとコンサート市場で流通するスピーカーも出る音も均一化される事態になりました。それでも私たちが今に至るまで徹底しているのは、空間や用途に合わせてカスタマイズすること。対象に合わせて音の気配感、本質をいかに再現できるかを大事にしています。」
ノーガホテル 秋葉原 東京に設置されるスピーカーもやはり、一点ずつ空間のデザインや用途に合わせてカスタマイズされている。設置されるのは1階のレストランとバーラウンジ、ロビー、フィットネス、2階のレセプションロビー、エレベーター内、そしてデラックスツイン1室だ。
中島「特徴的なのはレセプションロビーの幅4メートルほどあるカウンターに設置するスピーカー。お客さん側に見える面全体がスピーカーになるんですよ。ビジュアルとしての第一印象が強いですよね。」
田口氏(以下敬称略)「ホテルのポリシーを伝える遊び心だね。」
中島「共用部では360度の無指向性スピーカーをいくつか天井から分散して吊るします。円錐形が反射板となって音を360度水平方向へ広げる、つまり石を水に投げると波紋が広がるイメージです。釣り方や高さによっても音の表情は変わってきます。」
一般的に設置されている商業用スピーカーは、メーカーが既存のラインナップから候補を挙げ、そこから選ばれることが多い。タグチグラフテックの場合、スピーカーをカスタマイズするにあたってどのようなプロセスを踏むのだろうか。
中島「田口は『うちのスピーカーはオートクチュール(フランス語で「高級仕立て服」の意)だ」とよく言っていて。注文を頂いてから空間や用途に合わせて誂える、つまり世界でそこだけにあるスピーカーを作るわけです。最初にご提案する基本形をもとに空間デザイナーと話し合い、出す音質やデザイン、サイズなどを決めていきます。
特にバーラウンジなどはそうなのですが、他の造作物もあるので設置に際しての制約があります。デザイナーとともに試行錯誤を重ね、お互いのこだわりをすり合わせながら進めていきます。」
ここまでの過程を経て、手作りで音のクオリティにこだわるのはなぜか。
田口「例えば食事だったら美味しいものとまずいものってすぐ分かりますよね。音もそうで、人間の感性、五感は本物の音がすぐ分かる。
例えば夜寝てても、身の危険を感じる音でふと起きるでしょ。遠くの鐘が鳴ってるのか、近くでネズミの足音がするかは体で分かる。そこを追求していくと、振動をマイク経由で電気信号に変換した後にスピーカーから出る音の波面の広がり方が大事になってくる。気配感、やっぱり大事です。」
特にこだわって製作されているのは平面波スピーカー。一般的なスピーカーと比較して、余分な音が発生せずバランスの良い広がり方をする。
田口「世界でこんなに使いやすい製品を作っているところは他にないと思います。」
中島「弊社のスピーカーを使うと、今まで聴こえなかった音が聴こえるとよく言われます。もともと録音されている音を再現できるスピーカーは実は少なく、どんなにアンプなど他の機材が高級でも、スピーカーがそうでなければ良い音は再現できません。」
今回取材した中で秋葉原の一番古い姿を知っているのは、小学5年生の頃から通っていたという田口氏だ。無線屋が多く、世界的に見ても最新鋭の部品の集まる類を見ない街だった時代を思い返しながら話してくれた。
田口「パソコンを組み立てて作る時代にビル・ゲイツがわざわざ探しに来るくらいのパーツの宝庫、『世界の秋葉原』だった。オーディオブームがあった時も『この音を出すならあのオヤジに相談したほうがいい』という名物オヤジがいてね、大手メーカーも一生懸命営業していた。ああいう場所がなかったらスピーカーの仕事はできてなかっただろうね。」
オーディオ、パソコン、オタクの世界へと変化していったが、まだ特異な場所というのは変わらない。
中島「サブカルチャー、オタクの街という印象が強いですが、秋葉原は今も昔も電器街ですよね。世界に発信するという点において、秋葉原は実はものすごい力を持っている街だと思います。今回そのような街でノーガホテル 秋葉原 東京がオープンし、弊社のスピーカーを採用いただけたのもすごく良い機会をいただけたと感じています。」
「誰かに聞けば何かが分かる」という情報発信・意見交換の場所である特性は、街を代表するカルチャーが変わっても普遍的にあり続ける。ノーガホテル 秋葉原 東京は、そんな秋葉原で音の気配を追求して作られたスピーカーを体験できる空間として、特別な経験をゲストの皆様に提供していく。