--伊勢音の歴史と、山崎さんが上野にいらした経緯を教えてください。
(「伊勢音」4代目 山崎若菜さん)伊勢音は江戸末期から日本橋にお店を構えて180年余り。お店には曽祖父が昭和時代に複製した文政5(1822)年の諸国鰹節番附表を飾っており、記された地名からは当時東京近辺でもカツオがよく獲れていたことがわかります。
昭和21(1946)年に上野に高架ガードができた時からアメ横にも出店し、以降お店は当時からずっとこのまま変わりません。昔は12歳から弟子入りして80歳まで勤めあげるようなベテランの職人さんが多くて、怖くて近づきにくかった思い出があります。
私が本格的に家業に関わり始めたのは約3年前です。以来、外国のお客様が多く見えるようになりました。店の前を通りすがりながらかんなで鰹を削る動作をする方もいて、「鰹節は削るもの」「体によくて安全」という認識がさまざまな国の方に浸透しているようです。かんなを買って帰られる方、リピーターの方もとても増えてますね。お店でも英語のポップを置いて分かりやすく説明するようにしています。
--この街に対してどんなイメージはありますか。
ここの皆さんはフレンドリー。私はどちらかというとこの街の新参者なので、古くからいらっしゃる方も威張らず優しくしてくださるところが好きです。「気軽に構えずに来てください」という空気やその中での出会いがあることをすごく心地よく感じています。 上野駅に向かって路地を歩いてくとスカイツリーがどんどん近づいてくる。その光景にとてもワクワクします。ぶらぶら歩きをしながら見える風景もいいですね。
--伊勢音さんの本枯(ほんがれ)鰹節は冷凍しても固まらずふわふわのままと評判です。その理由を教えてください。
通常市販されている鰹節は電気で一回干ししています。ですから水分が残り、冷凍した時に霜が出て冷蔵庫の匂いがついたり食感もベタっとしたものになってしまいます。一方「本枯」は最低半年かけて4回カビを付けた鰹節のことをさします。私たちはそこをあえて1年かけて7回カビを付けて完璧に天日干しします。そうすることでほぼ水分が抜けた状態となります。空気を抜いて冷凍庫に入れていただければ鮮度を保ちふわふわっとした状態でお使いいただけるので、お客様にも冷凍庫保存をお勧めしています。
昔はどの鰹節屋さんもこの方法で作っていたんです。でもコストや手間がかかってしまうので、今流通している鰹節は工業製品と呼んでもいいくらい速さと効率を優先して作られているものがほとんど。私たちは削ったり干したり袋詰めまで、何から何まで一本ずつ手づくり。手間はかかって大変なんですけれどね。
--そこまで手間をかけることにこだわる理由はなんでしょうか。
現在日本橋店は再開発のため閉店していますが、日本橋店時代からの古いお付き合いがあり今も毎日納品のためお伺いしている有名な料亭さん、親子3代4代と通ってくださるお客様がいらっしゃるからです。昔からの味を知っている方がいらっしゃるから、その品質を保つために同じように作っていかなければいけません。
遠くから電車に乗っていらしたり、「お宅の鰹節じゃないとダメなのよ」と雨が降るアメ横に鰹節のためだけにいらっしゃるお年寄りの方もいらっしゃるので、期待に応えるために頑張らなきゃと思います。関東大震災以前に私たちのお店で購入してくださったかんなを親子3代に渡って使ってくださる方もいらっしゃるんですよ。お客様にいいものを長く使ってもらうというのが、私たちの仕事で非常に大きな原動力になっています。
大変な仕事なんです、本当にね。だからお客様の「伊勢音さんでなきゃ」という声が頑張りにつながります。