--木村さんは湯島で生まれ育ってずっとこちらにいらっしゃるのですね。
(「木村硝子店」代表 木村武史さん)不思議なことに、ずっとこの街にいるのにあまり周りのことは知らなくて。この街に対する印象といえば下町気質が比較的強いということでしょうか。特に街を盛り上げようとしているわけではないので、そういう意味では盛り上がってる蔵前エリアに対してゆったりとした「田舎」だと思います。
--木村さんが家業を継がれた経緯、そして継がれてからガラスづくりがどのように変わったか教えてください。
僕は生まれた時からガラスに囲まれて育ったので、他の道のことは特に考えず自然と家業を継ぎました。若い頃は自分がデザインした商品が売れたことが嬉しかったし、今も毎日こんなに楽しくていいのかなと思うくらい自分のやっていることを楽しく感じます。
この世界に入ったのが50年前、その頃は東京だけでも中小規模のガラス工場が50社ほどありましたが当時から徐々に減り始めていたかもしれません。今は日本全国で10社ないくらいに減ってしまいました。30-40年ほど前から機械でワイングラスを作れるようになり、コストがかかる手作りガラスはもう売れないと言われ同業の問屋はみな撤退していきました。
確かに機械で作られたガラスの方が安いから売れますし、当時は同業者に「なぜ今さら手作りなのか」と言われました。でも僕は手作りガラスには機械で作られたそれにない全く違うフィーリングがあることを知っていたし、レストランのシェフやソムリエなど食のプロフェッショナルの皆さんは昔も今も木村硝子の商品に反応してくれます。そういう人たちの存在に支えられて私たちはこれまでやってきました。
--機械で作られたガラスと手作りガラスのフィーリングの違いとは具体的にどのようなものでしょうか。
具体的な違いというより、見た瞬間、置いた感じ、持った感じのフィーリングの心地よさなんです。その繊細さを感じ取ってもらえない人が多いのですが、「すごい、全然違う」と分かってくださり、購入される方も必ずいます。価格の問題でなく、純粋に商品のフィーリングに惹かれて注文される方ばかり。
僕たちはそういった薄さ軽さが好きなお客様を相手に商売が成立しています。興味のない人がほとんど、でもごく一部のお客様は反応してくれる、それが嬉しいんです。理屈では語れないしなかなか説明できない、でもピタッとはまって「これ、いいね」とすっと言える何か。ある空気、周波数が合う人たちが集まるようなものだと思いますね。
私たちのガラスを使っているバーに通ってしばらくすると感じ取ってもらえるようになるかもしれません。中にはグラスを手に持った瞬間に「あの工場で作ってるね」と分かる方もいらっしゃいます。
--周波数という言葉はまさにぴったりですね。大多数の人は『軽い!プラスティックじゃなくてガラス?薄くて怖い!』という反応、数パーセントの人だけが『繊細で凄く良いね!』と頷いて下さる、という感覚でしょうか。
そうですね、分かってくれる人は10パーセント以下でしょうね(笑)1ケタなのは確かだと直感的に思います。
つい最近入社したスタッフがいたのですが、採用した決め手のひとつはお互いの好きなレストランが偶然一緒だったということでした。この仕事をしていると、そういう周波数が合うことも大事だと感じます。僕としてはすごく大事な仕事をしてもらうつもりでいるので、せっかくならそういう感覚的な部分も合うと嬉しいと思ってます。
今度新しくお店を出すとしたら、大きな道路に面した人通りの多いところでなく、裏通りにつくりますね。探してでもお店に足を運んでくださるような、私たちのガラスが大好きなお客様がいらっしゃる。それは僕たちにとっても喜ばしいことです。