--ノーガホテルのオリジナルアロマ/ルームスプレーの制作を担当いただいたTOMOKO SAITO aromatiqueの斎藤智子さん。香りに関わる活動を始めるきっかけはなんだったのでしょうか。
(斎藤智子さん)父が京都出身だったので毎年夏休みに訪れていて、その時に祖父母宅の玄関を開けると冷えたお線香の匂いがするのがとても印象的でした。幼少期の強い記憶として残っているからなのか、ものごころついた時から香りにまつわるものが好きでしたね。
大人になってから改めて香りへの興味がわきはじめ、ベルガモットの香りを嗅ぐ機会があったのですが、気分がガラッと変化し「こんなことがあるのか」という大きな驚きと発見がありました。体調が悪いときにラベンダーの香りを吹きつけたものを肌に当てると症状が緩和されるといったこともありました。そういう自然療法的な側面、精神的な部分への作用、そして何より香りの豊かな魅力に惹かれてアロマについて独学で勉強を始めたのがきっかけです。教室運営などを経て、現在はプロ育成に携わったり、香りのプロデュースなどのクライアントワーク、空間演出・空間制御などを手がけています。これらの活動を通じて、日本でのアロマの立ち位置や可能性をより広げたいと考えています。
活動10周年を機に香りの発表会を開催した際、木村硝子店様のワイングラスにムエット(アロマを染み込ませた紙)を入れて香りの乾杯をするという演出を行いました。それがきっかけで木村社長様と仲良くさせていただくようになり、それまで縁の薄かった台東区・上野に足を運ぶようになり、ノーガホテル様とお引き合わせいただきました。
--上野の街にはどんなイメージを持っていましたか?
隅田川の花火、三社祭などの地域のお祭り、伝統的なものづくり、自転車に乗っている地元の方、静かな住宅街...多様でさまざまな上野の顔がありますよね。駅の周辺は人の多い雑踏があると思ったら、不忍池の方まで足を運ぶと急に空間が開けた感じになったり。地元の方が自転車を乗って静かに暮らしているようなエリアもあるし、いろんな側面がありますよね。
--確かにどの部分を切り取るかで街の印象が変化します。
それでノーガホテル様で使っていただいているアロマは、そんな多様な上野の顔を体験したあとに帰ってくる場所でたのしむ香りであることを意識して作りました。最初にお話を伺って香りのキーワードを挙げた際に「洗練」という一言でまとめるのは少し違う、と思ったんです。空間や家具にとてもこだわりを持ちつつも、寛容でやわらかな雰囲気もある。街の日常に溶け込みつつも、足を運ぶと思わず心が浮き立つ非日常性もある。そのバランス感覚がすごく素敵だなと思いました。そのような多様で奥深く、同時にまろやかさのある特徴を、数種類の柑橘類やヒノキ、ホーウッド、スプルースブラックなどの森林の香りを組み合わせることで表現させていただいております。
--香りを場所や空間をイメージして作られるときは具体的にどのように進めるのでしょうか。
オリジナルのコレクションラインとして、京都、東京、パリ、そして新作ミラノなど、街をイメージした香りのシリーズがあります。例えば京都なら初夏の雨上がりの夕暮れ、湿度を感じる空気の中、石畳と板塀が連なる場所に明かりが灯ってきたシーンをイメージし、白檀やヒノキを合わせ「和」を彷彿とさせる香りにしています。
このように私が実際にその土地を訪れた時の季節や体験などの記憶をイメージの源にしています。そこからシーンを作る具体的なキーワードを挙げていき、それをもとに調香する原料を選んでいきます。香りは記憶やイメージと強く結びつきますので、身にまとう方のシチュエーションや時間帯までも想像しながら作っています。
--香りは想像する以上に、人に及ぼす影響が大きいということですね。
そうですね、とある場所にいた時に、どんな香りを嗅いでいたかで、場所や体験の印象はがらりと変わることもあります。香りは「記憶」と「思い出」の交差点のようなところでしょうか。
それで作り手は、これらを考えながら香りを作りますが、完成した香りを愉しんでいただく方に、どのようにご理解いただくかもとても大切なことだと思います。それで精油一つを選ぶにしても、しっかりとした意味をもたせたいと考えています。
--最後に、これまでの上野に対するイメージから変化したことはありますか。
上野公園や美術館だけではない、強い信念や哲学をお持ちのお店様や、何代も続く老舗などがあることに気づきました。また、こだわりを持ってものづくりに向き合う職人の方々がこの地域に根付いて活動してきたことを知り、もっと上野に行きたくなりました。ノーガホテル様に関わらなければこういったことに気づかなかったと思うので、そういった場所をもっと知って上野の街に今より少しでも多く関わり、地域の方とも交流することができたらと思います。