--宮崎さんから見た谷中エリアの特徴はなんだと思いますか。
(株式会社HAGI STUDIO代表取締役 宮崎晃吉さん)谷中は近くに東京藝術大学があったり、元々寺町なので文化への関心が高いエリア。遊びが上手な人が多くて、自分たちで街を作る意識もあると思います。
サラリーマン家庭が多く住む街は「寝るための街」なので、消費者と生産者に関係が分かれていることがほとんどですが、上野には生活と仕事の場所が一緒の人、つまりサービスを受けるだけでなく提供する側の人のことも分かる人が多い。特に谷中は天災や震災を免れた地域ですし、昔からの建物や生業も残っています。芸術工芸に携わる人間も多いので、前近代的で健全な人間関係が残っている場所だと思います。
---宮崎さんが好きな風景や建物はありますか。
このあたりは路地が好きですね。tokyobikeと築地塀の間にある細い道は電柱が地中化されていて電線がないので、空がとびきり広くていつ行ってもきもちいいです。玉林寺の裏の路地、HAGISOの裏の道など、人ひとり歩くのがやっとな狭い幅の道も好きです。こういう路地は防災面で懸念があるので、最近は新築を建てる時になくなってきているんです。いずれここもなくなってしまうかもしれませんが、こういうのも人とのつながりを大切にする文化を作る一因になっていると思います。
---HAGI STUDIOがこれまでに手がけてきた"最小文化複合施設" 「HAGISO(ハギソウ)」、その2階にある街全体をホテルに見立てた宿泊施設「hanare」、生産者と繋がる"食の郵便局"「TAYORI」。一貫しているのは、既存の建物や活動を尊重しながら新たな価値を提供することです。
HAGISOは僕が藝大で建築を学んでいた時から数えて5年間住んでいたアパート「萩荘」を改装した場所です。もともと2012年に取り壊しの計画があったのですが、関係者たちで"建物のお葬式"をコンセプトに「ハギエンナーレ」というアートイベントを開催したところ多くの人が訪れてくれました。大家さんが「壊すのはもったいない」と建物の価値を見直すきっかけになり、僕から建物のリノベーションだけでなく、ギャラリー、カフェ、宿泊施設「hanare」が一体となった事業を提案したら快く受け入れてくださった。HAGI STUDIOが手がけた第1号の建物です。
「hanare」は普通の宿と違って、街にある飲食店や文化施設、銭湯をホテルの一部と見立てています。レセプションと布団、朝食はHAGISOの中にあるけど、ほかの機能や体験は外に足を運んでもらう。こうすることで、宿泊者が積極的に街を楽しむきっかけにもなります。
HAGISOをきっかけに僕らの活動を面白がってくれた地域の地主さんが、自分が持っている建物の改修の相談をしてくれたのがきっかけでTAYORIができました。この建物は谷中銀座商店街から一本入ったところにあり、それを壊さずに残したいというオーナーさんの思いがありました。当初は設計だけ担当する予定でしたが、僕らも建物を気に入り設計・リノベーションに留まらず自らお店を運営することになったんです。全国各地の食の生産者と、谷中のTAYORIを訪れたお客さんが「食の郵便局」に投函されるハガキを通して繋がる、コミュニケーションの装置としてこの場があります。
2018年にリニューアルオープンした飲食店「レインボーキッチン」もHAGISO、TAYORIと似た背景や経緯があります。地域の人気飲食店が休業することになり、もったいないのではと話したところ、改修と運営を引き受けた形です。
常に考えているのは、どうやってこの街自体を観光消費に終わらない街にするか。観光客向けの場所を作るより、まず観光客を歓迎する地元の人の雰囲気を作ることが大事です。だから僕たちが作る場所は地元の人々にも愛される必要があります。現状はまだ地元の人に観光客を歓迎する余裕がない面もあるので、それは地域の課題として今後も向き合っていきたいですね。
--HAGI STUDIOの事務所スペースを使った"まちに開かれた教室"「KLASS」の運営もされていますが、ワークショップやレクチャーなどさまざまな学びの場を支えるプラットフォームは、どのように講師陣、受講者を巻き込んでいるのでしょうか。
講師も受講者も口コミやチラシでKLASSの存在を知る方がほとんどです。僕たちから「クラスを開きませんか」とアプローチする場合もあります。自分の本業とは別のことをクラスとして企画してくださる方もいて、集客目的でないが故にとがって面白い企画も作りやすいです。
今はパラレルワークが当たり前、働き手も減っているので一人一役ではまわらない時代。KLASSを通してそこに関わる人が、今まで趣味だったことを仕事にしたり、パラレルワークを始めるきっかけになるかもしれない。少しでもきっかけを多くするために、敷居を低くして参加できるような場作りをしています。
--建築設計だけでなく飲食店や宿泊施設の運営、教室運営など、宮崎さんの活動は百姓のようですね。パラレルワークのきっかけを作ると仰るのも納得です。
そうですね、近現代は仕事と遊び、消費と生産をきっちり分けることが理想とされてきましたが、これからは益々自分らしい人間像を編集する生き方が求められていますよね。一方で得た知識や経験が他方に活かされるというのは、僕たちの活動でよくあることです。活動を通して街との関わり方、人の生き方を編集するヒントを提供できるようにしたいなと思います。